第275回 おもしろいコラム(前編)

最近、日経新聞夕刊の毎週火曜のコラムを読むのがひそかな楽しみである。

エッセイストの酒井順子氏の書かれたものだが、その発想の視点が自分にとっては面白く、自分もそのような文章が書けるようになりたいと思っているのだが、今はまだまだなので今後もさらに研鑽を続けていきたいと思わせるものである。

今回は「不」という文字は「どぎつく」聞こえる表現を「マイルド化」する時に使用されがちだということについて書かれていた。その例をいくつかあげながら、最後には「不」という文字は現在ではマイルドではなく「重み」のある文字となっており、以前のようなマイルドな感じの「不」の境界についてはということでしめられていた。

といっても、読んでいる方にとっては何のことか分からないと思うので、例をあげて説明したい。

「この企画、つまらないですね」と言うよりも、「この企画は、まだ不十分なところがありますね」

「数学の才能がないね」ではなく「数学は、不向きかもしれませんね」といった方が相手を傷つけなくてもすむ。

このように「不」という言葉を使うことにより表現が「マイルド」になるということである。

しかし「不倫」という言葉についてはちょっと違う。この言葉は明治時代から存在するのであるが、「姦通(かんつう)」では生々しく聞こえるため、「不倫」という言葉はちょうどマイルドといった感じで便利に使用されるようになったという。ここまでは「不」はマイルドな表現になるということに関してはあっている。

しかし現代では不倫が発覚すると有名人が職を失うくらい「不倫」という言葉は重たい言葉になった。また「不適切」という表現も、昔はクリントン米大統領の不倫スキャンダルがあった場合に露骨な言い方を避けて「不適切な関係」と表現してマイルド化していた。しかし今では「不適切な発言」といえば世間から糾弾されるくらいに重い言葉となった。つまり社会的生命を終わらせもするくらいのものへと進化したのである。

つまり「不」という言葉は昔のようなマイルドさを表す表現から重い言葉と変わっていき、例えば「適切」と「不適切」という言葉の間(中間)にこそ、昔のようなマイルドさがそなわった「不」があるのではないか。その境界線はいずこにということで締めくくられていた。

なるほど、言葉の変遷というものの一面をとらえた面白いコラムだなと感じた次第である。自分も将来、新聞のコラム欄の一角を持たせてもらえるくらいの執筆者になりたいものである。それにはこれ以上のものを書いていかなくては、そう思わせてくれた。

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